タイ・バンコクに行ったことがある方は「Kanom」というベーカリー・チェーン店を見かけたことがあるかもしれません。その「Kamon」のオーナーに新聞社が行ったインタビュー動画から、オーナーの娘の一人がBNK48 2期生Juné(ジュネー)であることが分かりました。

新聞『プーチャッカーン』のネット版『MGR online』の公式YouTubeチャンネルに1月22日、ベーカリー・チェーン『Kanom』オーナーのパラワン・アピタナークンさんへのインタビュー動画が投稿されました。

 

 

Kanom』は1999年にタイで初めてエッグタルトを販売した店だそうです。マカオから買ったタルトの製法で店を始めて以来、ベーカリーとしてのコンセプトをメインにスイーツも揃え、現在14店舗に拡大。うち4店では料理も扱っています。

 

 

このインタビュー動画でパラワンさんは、3人の娘がいて、そのうちの次女がBNK48の2期生Junéだと語りました。

 


(チュラロンコン大学1年生の制服姿のJuné)

国立チュラロンコン大学建築学部で学ぶ次女Junéは、医学の道に進んだ長女が論理的思考で明るく話し上手なのと正反対で、子供の頃から物静かで考えを表に出さず自分の世界を持っている子だったと語っています。成長して初めて芸術面での才能を持っていると気付いたのだそうです。

 


(三姉妹。ちなみに三女はサルのような性格だとか…。)

Junéは幼少時体重が重かったためにあまり抱いてあげられなかったことが、自分の世界を持つ性格になった理由ではないかと母親自らが分析しています。

 

 

また気分がのらないとやらないのは、子供の頃から変わっていないとも(笑)。

でも小学5年生の時には作文に将来なりたいことを「歌手、ダンサー、女優、スター、事業家」と書いていました。
そのうちの今まだ唯一欠いている「事業家」に将来なりたいのかどうか分からない、と自身が事業家である母親は期待を残している様子が窺えます。

自分自身は自由を愛し、したくないことはしないがしたいことは必ずする性格で、娘達にも自分のそういったところが染み込んだに違いないと語っています。

Junéが小学3年生の時、小学校で披露した踊りの素晴らしさに驚いたのだそうです。それがJunéの「ダンサーの始まり」だったと捉えているとか。

13歳の時、母親に全く相談せず申し込んだCH7のオーディションに付き添いで来てほしいと突然Junéから電話があったそうです。オーディションはファッションショーのように歩く審査と特技披露の2段階がありました。


(右がJuné)

 

結局優勝は逃したものの、このオーディションに出たことでファッションモデルとして観客の前で歩くことに自信が付いたようだと母親は見ています。

BNK48の2期生オーディションに申し込んだ時も保護者同伴が必要な段階になって初めて母親に話したようです。

最終審査に合格後、母親は契約書にサインをして「提出するかどうかはあなた次第」と選択をJunéに任せたという話から、どんなふうにJunéが育てられてきられたのかがなんとなくわかる気がしますね。

結果としてBNK48に入れたことは、Junéがアーティストとして歩むことにとって良かったと思っているそうです。母親の自分は芸能界やアーティストの道を歩んでこなかったため何のサポートもできない代わりにBNK48で様々なことを学び得られるからだとか。

またBNK48の数多い規則も子供のためには良いとみているそうです。この部分で興味深い話がありました。BNK48の規則の中には「整形手術禁止」の規定があるとのことです。

また『BNK48 SENPAI 2nd Generation』第2回(2018年9月15日放送)でも登場しましたが、Junéは背骨が湾曲しているため(長女も同じ症状があるそうです)、レッスンから帰宅すると痛そうだが口に出さないそうです。

 

 

娘のJunéにサインをしてと頼んだところ、規則があるからサインできないとの答えが返ってきたというエピソードが笑えます。そこまで徹底しているんですね。

Junéがあのようなキャラに育った経緯が少し理解できたような気のする母親のインタビューでした。