BNK48に関する書籍『B SIDE.』がsalmonbooksから発行されました。

内容は、BNK48のデビューからBNK48劇場建設までの道のりを、
AKB48ファンかつBNK48ファンでもある2人の男性の視点でまとめた
エッセイ風記録となっています。

『B SIDE.』は一般書店でも販売されているはずですが、
3月29日~4月28日にネットで注文受付がされた分については、
表紙写真のメンバーを選択でき、5月23日から順次発送されています。

この『B SIDE.』にはBNK48メンバーへのインタビューも収められています。
今回の記事ではそのうち伊豆田莉奈と大久保美織のインタビューを日本語訳してお伝えします。

 

言語に打ち勝つ

 「こんにちは。」 僕はドアから入ってきた2人の女性に自宅で練習してきた言葉で挨拶をした。彼女らは微笑んでから「サワッディーカ(こんにちは)」と日本人スタイルのタイ語発音で受け答えた。

彼女らはタイ語を話せるようになり始めた今でさえ、言いたいことを全て伝えることは難しいと語りながら自己紹介をした。

僕らの前に今いるのは、みぃこ-大久保美織といずりな-伊豆田莉奈だ。
ファンにとって美織は、グループ初の日本人という特徴によってみんなが覚えている上位のメンバーだと僕は信じている。

いずりなはAKB48ファンのグループ内では、バラエティー面で際立った能力があり、いつもファンに笑いと幸せをもたらすメンバーとして知られている。

美織については、タイに8年ほど住んでいるものの、これほどまでタイ語を練習しなければならない状況下に今までいたことがなかった。以前は基本単語だけ、例えば、サワッディー(こんにちは)、コートート(すみません)、コープクン(ありがとう)、ラーゴーン(さようなら)といった語だけしか話せなかったのが、今では美織は友人やファンとタイ語を使ってコミュニケーションを取らなければならなくなり始めている。彼女は、それは困難でチャレンジが必要な責務だと認めた。

一方のいずりなは、従来の人生の道を捨てて新たなチャレンジを求める決心をしてから、BNK48で最初に突き当たった関門は、今まで基礎知識もなかったタイ語でのコミュニケーションだった。

タイ人メンバー、タイ人講師、タイ人スタッフ、さらにはタイ人ファンに取り囲まれた日本人というものがどれほど大変なものか、多くの人はよく分からないかもしれない。

彼女ら自身以上に良く語れる人はいないと僕らは断言できる。

 

タイ語の練習で何が一番難しいか?

 いずりな 一番難しいのは、発音と声調です。

美織 声調どおりに発音するのがとても難しいです。日本語にはこういうものはないんですよ。例えば「コンピューター」という語は日本語なら語末が「タ」でも「ター」でもだいたい分かるんですが、タイ語になると声調の発音を少しでも間違えたら意味が他の語に変わってしまいます。

いずりな タイ語には短母音と長母音があって、例えば「カ」と「カー」という語(いずれも女性が使う「~です」の意味)は、最初違いが分かりませんでした。

 

言語がそのようにコミュニケーションの障壁になって、グループ内のメンバーと話す際に問題が生じることはあるか?

  美織 普段タイ語は少し話せていますが、たいていは短い言葉で、グループの友達をからかうのに簡単な言葉を使ったりします。例えば「今日は綺麗だね」とか。でも普段は主に英語でコミュニケーションを取っています。

いずりな 私の場合は美織と違います。と言うのも英語を全く話せないからです。時にはさっちゃんに訳してもらったりしています。さっちゃんは日本語ができるので。でも美織に助けてもらうこともありますが、訳は何段階にもなります。美織に日本語から英語にまず訳してもらって、それからタイ人メンバーに英語からタイ語に訳してもらいます。終わったら今度はまた訳し戻します(笑)。

 

レッスンで学習するのと周囲を通して覚えていくのと、どちらの方が速くタイ語習得できると思うか?

 いずりな レッスンで使う単語と実生活で使う単語はあまり同じではありません。とくに若者言葉は。なのでタイ語を覚えるのに役立つのはタイ人メンバーとの会話の方なんだと思っています。覚えているのはOrnに「ナーラック」(可愛い)という語を使ったんですが、他のメンバーに「Ornにはね、ナーラックは使わないよ。タムタミだよ」って訂正されたんです。戸惑いましたよ。タムタミってどういう意味なのか分かりません(笑)。他のメンバーも意味はナーラックに似ているって言うだけなんですよ。
そこで私も試しに自分で使ってみました。先生のペンケースを見て可愛かったので、「先生のケースとてもタムタミですね」って言ったら先生は驚いて、その言葉をどこで習ったのかと聞いてきました。

 美織 個人的には教室のレッスンより人との会話の方が好きですね(笑)。BNK48に入る前にタイには8年間住んでいましたが、ずっと日本人学校に通っていたので、タイ語の授業があったもののあまり話せませんでした。なので莉奈さんと同じでタイ人メンバーと話した方が速く習得できると思います。とくに私が話す時には間違っていると友達が直してくれます。
例えば、タイ語レッスンでは自分を表す代名詞に「ディチャン」(わたくし)を使わせますが、それって今では古い表現だと後で知ったんです。加えてあまり使われていないということも。結局自分の名前を言うか、そうでなければ「ヌー」を代わりに使うようにとグループ内の友達が教えてくれたんです。

 

今では2人とも「カーオニャオ」(もち米)と「カーオファーン」(モロコシ)というタイ風の名前がある。由来を知りたいのだが。

いずりな タイ人は本名の代わりによくニックネームで呼びますよね。なので私はタイ風のニックネームがあったらなと思ったんです。それで自分の漢字の名前から自ら「カーオファーン」と名付けました。「田」という文字(伊豆田の「田」)は稲田という意味です。でも最初は意味にあまり自信がなくて、とりあえずどこに行ってもカーオファーンと言っていました。

美織 莉奈さんにニックネームができたのを見て私も欲しくなったんです。それで自分で「カーオスアイ」(美しい米=ライス)と名付けました。自分が美人だと思うので(笑)。でもグループ内の友達が「美織はカーオスアイじゃなくてカーオニャオだ」と反対したので、それ以来、カーオニャオという名にしました。

いずりな その後「カーオスアイ」という語は、私達が一緒にいる時のユニット名になりました。(話し終えるや否や、2人とも可愛いポーズを同時にとった。)

 

名前の他に、グループのタイ人メンバーとよく一緒にいることで、自分の性格がタイ人っぽくなったと思うか?

 いずりな 多少はそうですね。例えば日本では相づちに「ああ、ああ」と言いますが、タイでは「ウ~ゥ ウ~ゥ」と言います。今では私はすっかりこの言い方になっています。日本に一時帰国した際にもうっかり「ウ~ゥ ウ~ゥ」と言って、「何て言ったんだよ」と友達に爆笑されています(笑)。

 美織 日本語を話している最中でもタイ語が口から出てしまうことがあります。例えば、「違います」と言おうとしてうっかり「マイチャイ」(違う・いいえ)と日本人グループの中で言ってしまうことがあります。

 

2人がBNK48メンバーになろうと思った時、言語の壁が生じる心配はどれぐらいあったか?

いずりな 仕事で一番心配したのが、タイ語でした。私は他人と馴染みやすい性格なので、友達関係ではタイ語が話せなくても問題が生じることはないだろうと思っていたからです。

美織 正直に言うと、最初は言語の壁にあまり関心がありませんでした。悟ったのは入ってからでした(笑)。タイに8年いてこの国に愛着があるので、将来はタイと日本をつなぐ橋渡し役の仕事をしたいと思っているからです。仕事は大卒後に始める必然性はないと考えていた時期があって、その頃にちょうどオーディションの告知があったんです。それで参加を決心しました。アイドルも橋渡し役を果たせると思ったからです。

 

コミュニケーションにおいて言語が大きな障害となる中で、自分が他人とあまり会話をできないために孤独を感じることはあるか?

いずりな グループのメンバーの他に私はタイ人の友達が全くいません。日本にいる時にはどこへ行くにも知り合いに囲まれています。でもタイに来てから、一人でいなければならず、色々なことに自分自身で責任を負わなければならない初めての経験をしました。最初、孤独を心配しました。でも時が経つにつれ、一人暮らしが逆に好きになりました。空き時間にはショッピングに出かけて、家事をして、レッスンに行った時には他のメンバーと会えて、することが増えてきたら淋しくなくなりました。

美織 最初は孤独を感じましたね。グループには日本語が話せるのはさっちゃんしかいなかったので。私達2人はBNK48に入る前、レッスン・クラスに入った時に知り合いました。諸々のことを通訳してくれたのは、さっちゃんだったんです。でもさっちゃんも毎回は都合が付きません。一時期、自分自身で理解するように強いられる状況下に置かれたことがありました。莉奈さんがまだグループに加入する前の頃です。それでもし日本人があと何人かいればいいなと思っていました。
最初の頃は帰宅して一人で泣いていたことがありました。一番辛かったのは続けるか辞めるかで母と相談した時でした。その時はとても挫折を感じていました。

 

それでBNK48にい続けようと決心した理由は何だったのか?

美織 白状すると最初はとっても混乱していました。でも簡単には諦めない性格のお陰と、その頃他のメンバーと仲良くなり始めたことも相まって、頑張り続けることにしました。もし私が辞めて2~3年後にBNK48が成功を収めたら、その時きっととても悲しむと思います。チャンスを得ていたのにも関わらず捨ててしまったのですから。

 

それでいずりなは? AKB48からBNK48に移籍する決心をした理由は何か? 秋元康総合プロデューサーとも直談判したと聞いたが。

いずりな 直に話したわけではありません。と言うのは秋元さんはかなり忙しいからです。なのでメッセージを送信して報告しました。最初秋元さんはとても驚かれました。でも私は、AKB48としての活動を7年間ずっとしてきて、バラエティー分野というアピールポイントがあるとしても、長くいたのでもう十分だと感じるところに来ていました。そして活動に対して楽しさを徐々に感じなくなっていました。
今までしてきた仕事が惜しいというのではなく、飛び出して新たな何かを経験したいという気持ちの方が強かったんです。と言うのも、7年間に楽しさも悲しさも多くのことを経験して、AKB48の成長をずっと見てきたからです。
そういうわけで、新たなことを探したいと思いました。卒業という意味ではないんですよ。48グループでの仕事をまだ愛しているので。それに当時姉妹グループのBNK48ができるという発表がちょうどあったので、移籍に感心を持ったんです。それで今回の移籍は新たなことに出会える良いチャンスになると思いました。決心にあまり時間はかかりませんでしたが、発表まではちょうど1年待たなければなりませんでした。

 

待っている間、誰かと相談したか?

いずりな 普段プライベートな話は他人にあまり話さないんです。それにこの件は仕事に影響するので誰にも相談しませんでした。例外はTPE48に移籍した親友の阿部マリアです。と言うのも、もし友達に話したら、賛成する人と反対する人どちらもが出るかもしれないからです。それで黙っていた方がいいと思いました。発表後に友達はみんな激怒しました(笑)。中には「なんでそんなことするの!?」と聞いてくる人もいました。きっと私がグループを移籍するとは誰も思わなかったからだと思います。どう見てもそんな様子はありませんでしたから。同時にJKT48へ行った先輩の仲川遥香さんが連絡をくださって、色々とアドバイスを下さいました。

 

周知のとおり、2人は『恋するフォーチュンクッキー』(注:『初日』の間違い)の選抜に入れなかった。この発表がされた時どう感じたか?

いずりな 悲しかったですが、どうしようもなかったです(笑)。最大の原因は、やはりタイ語が流暢に話せなくてファンとのコミュニケーションがまだ十分に取れないことだと思います。それに日本のファンと比べると、タイ国内で私を知っている人がまだかなり少ないこともあります。
最初はAKB48にいた時のように、来たら人気が爆発するのではとちょっと思っていました。でも実際は違いました。AKB48としてタイへコンサートと番組撮影に来た時、タイ人はとても歓迎してくれました。タイ語を「サワッディーカ」の一語だけ話しても、日本人もタイ人も大喜びしてくれました。でもBNK48として来ると、「サワッディー」という言葉はみんなが話す普通の言葉へと変わりました。それでタイ語をもっと上手になるように練習して、ファンともっと楽しくコミュニケーションを取れるようにしようと思いました。

美織 最初は悲しかったです。でも最大の原因はおそらく自分の人気度がまだ不十分なためだとなんとなく分かりました。握手会で私の列が他の人と比べるとかなり短いことから分かります。
『会いたかった』のプロモーションをしていた時期を思い返すと、当時はグループのプロモーションを担う6人の主要メンバーの1人でした。でも今では私以外の残り5人は、Cherprang、Pun、Jennis、Music、Noeyのそれぞれがキャプテン、副キャプテン、センターといったポジションを得ています。私だけがまだ何もありません。
私は他の人とポジションもチャンスも同じだったことがあったのに、それを逃してしまってとても悔しいです。でも今は考えを新たにして、自分を一生懸命成長させることにしました。いずれにしても、ファンのみなさん待っていてくださいね。

 

悲しみをどうやって成長を後押しする力へと変えたのか?

いずりな 自分のタイ語力を伸ばすことから始めました。そしてタイに関する知識を増やすことに努めました。

美織 伸ばさなければならない第一のことはタイ語力です。テレビ番組に出演してタイ語を話す機会をかなり多く頂いたことがありました。その番組の放送後、インスタグラムで私のフォロワー数が3,000人増えたんです。1週間で10%も増えたのは初めてのことでした。それでタイ語が私の知名度を上げるのに一番大事だと思いました。

 

いずりなはAKB48からの先輩の立場として、後輩達にアドバイスしたいことはあるか?

いずりな 48グループの活動は相当ハードですが、みんなに全力でやってほしいと思います。あまり上手くできないこともあるかもしれませんが、ファンに対しては私達の努力を見せるようにパフォーマンスしなければなりません。私達は仕事を楽しまなければいけません。と言うのも、もし自分が幸せに感じなければ、他のメンバー自身やファンといった他の人達に伝わってしまうからです。
アイドルの大事な役割は、みんなを幸せにすることなんです。

 

美織はいずりなよりタイに長く住んでいて、先輩に何かアドバイスはあるか?

美織 とくに何もありません。と言うのも、私はタイにいてもずっと日本人社会にいましたので。家族も、学校も、借りているアパートも日本人です。莉奈さんは人と合わせやすいので十分だと思います。

 

BNK48にいて何が一番良かったと思うか?

いずりな 以前私は日本人社会にずっといました。タイ語がほとんど話せないままタイ人社会のBNK48に加入したために、言語の壁があったかもしれません。でも気持ちは伝え合うことができています。

美織 似たような感じです。BNK48に入ってから私は友達が増えたので。英語も日本語も話せないタイ人でも、タイ人の友情を感じています。

 

最後に、ファンに伝えたいことはあるか?

美織 AKB48がれなっち総選挙(AKB48メンバーの加藤玲奈が決定に参加する特別選抜選挙)のオーディションを実施した時、私がAKB48に移籍したがっているとか日本に帰りたがっているのかといった勘違いをする人が大勢いました。それは事実ではありません。今までと変わらずにタイにいて、タイを愛して、BNK48として頑張ります。美織の応援を忘れないでくださいね。

いずりな 応援してくださって、様々なことをタイ語も含めて教えてくださっているみなさん、ありがとうございます。これからも応援をよろしくお願いします。どんどん楽しくすることを約束します。