フリーマガジン『THE STANDARD』のウェブサイトに4月4日付けで
BNK48のJaaのインタビューが掲載されています。

とても15歳とは思えない利発そうな受け答えに感心しつつ、
ちょっと変わった子だった幼少時に将来大物に育つ予感がするインタビューです。
全文日本語に訳しましたので、以下にご紹介します。

 

現在最も人気のある女性アイドル・グループBNK48メンバーに照らされるスポットライトの中に良く見ると、口数が少なくてあまりアピールをせず、笑い声と八重歯の笑顔を見せるだけで、グループ内の他のメンバーと比べると魅力を少し見せるだけの小柄な女の子がいる。

本名ナパパット・ウォンプルッターノンのジャーBNK48はステージ上に立つチャンスを得ると、どの曲を歌ったり踊ったりするにしても、子供の時から愛するものを見せるために彼女は持てるパワーと一生懸命さをすべて注いでいる。そして毎回そのパワーをファンに贈り、素晴らしいエネルギーを返してくれている。

率直に言って今、他のメンバーと比べると、ジャーの人気度はあまり高くないかもしれないことは認めざるを得ない。しかしTHE STANDARDが彼女と率直に話す機会を得た結果から、筆者はこの15歳のアイドルの責任感に対する真剣さは誰にも負けないと100%信じる。時期が来たら、彼女は全ての素質を成長させて彼女自身とファンの全身を花をいっぱいに咲かせた大樹にするための準備がもちろんできている。

ジャーをずっと見てきた限りでは、ジャーはBNK48の他のメンバーと比べるとかなり恥ずかしがり屋で口数が少なく見えるが、実際のところ、子供の頃からこのような性格なのか?

そうです。私はとても恥ずかしがり屋で、他人と話したくない子でした。私の世界は両親と私がいる家だけで十分だと考えていました。でも母はとてもフレンドリーで、どこへ行ってもこの人に挨拶しなさいと言われました。私は話さずに母の後ろにいつも隠れていました。それから母を独り占めしたくて、母に他人と話をしてほしくなかったんですよ。もし母が誰かと長話をしたら、母の腕を引っ張って、帰ろうよと言いました。母がそうしないと泣いて関心を引こうとしました。母は泣き止むまで放っておいてから、私の機嫌が直ると、こんなことをするのは良くないことよ、可愛い子なのに他人は悪い子だと思っちゃうからと言ったものです。私は母はあまり怖くないですが、父が怖いです。というのは父はあまり口で叱ることはしないのですが、手がすぐに飛んできます(笑)。酷い過ちをするとすぐに叩かれます。ある日、父が仕事中に私は着せ替えゲームをしたくて父を無理やり引っ張っていこうとしましたことがありました。そしたらバチッと叩かれたんです。それからは怖くて父に駄々をこねなくなりました(笑)。

母は、理由付きで注意します。それでも母に叩かれることから逃げられません。というのは、母は勉強しなさいととても口うるさいんです。それである日、母は私を塾に通わせたんですが、私は単語を暗記しようとしませんでした。イヤだと言うばかりで、そんなふうに暗記したくなかったんです。そしたら母に叩かれました。父の後ろに走って行って隠れようとしたんですが、父も私の味方をしてくれませんでした(笑)。

控えめな性格で他人と話したがらないところは、いつから消えていったのか?

私の性格がちっとも直らないのを見て、母は私が7歳の頃、演劇を学びに行かせて私に自分を見せる勇気を付けさせ、他人ともっと話す勇気を持たせようと考えました。最初私は今までと同じように行きたくなくて駄々をこね、車に乗っている時から、なんで私が学びに行かなければならないのと口喧嘩をしました。でも母は気にも留めず、到着すると引きずって部屋に入ってしまいました(笑)。到着すると先生がとても怖くて、到着早々泣きました。でも授業が始まると、最初にすることは、喜ぶ、怒る、悲しむ、泣くの4つの感情を表現することでした。私は一つもできなかったんです。とても泣いていたのに、先生が泣くように言うと、涙が止まってしまうんです。まるで心の中で反発心があるかのように。そんな感じが何度もあったんですよ。

ついにある時、先生に教室の前に呼ばれて叱られました。先生が言うには、こんな状態だったらジャーの成績は「F-」だよと。最低の成績よりまだ低いんです(笑)。私は何一つできていませんでしたから。こんな調子ではお金を払って学ばせている両親は悲しまないのか? なんでもっと真剣にやらないのか? という感じで先生はどんどん叱って、ついに私は泣いてしまいました。そうしたら先生はすぐさま褒めたんです。ジャーは今の感情を良く覚えておくんだよと言いました。それからは自分の感情のロックがはずれたかのように、笑う、喜ぶ、泣く、怒るといったどんな感情であっても、私はできるようになったんです。表現することに自信がつき始めました。そしてドラマ出演の話を持ってきてくれる人が出始めて、業界に入るスタート地点となりました。

F-の成績が付いた子はその後どんな成績になったのか?

毎回A+でした。でもその時から演技が好きになったかと問われると、まだ自信はありません。正直に言うと、私は今でもそれが本当に楽しいか分かりません。でもどんどん学んでいくうちに、体の中にそれらが浸透していきました。気が付くと嫌いではなくなっていて、演技の勉強に行かなければならないのかとイヤな気持ちになることはもうありませんでした。

ドラマ出演が始まると、控えめな性格も徐々に良くなっていきました。他人と話すように自分を改めることを知りました。というのは、母がいつも私を見守っていてくれるわけではないからです。何か分からないことがあれば撮影スタッフの方々に質問しなければなりません。他の人と一緒に食事をして、友達や先輩の方々と知り合って、仲良くなり始めました。それで私の人間関係は良くなっていきました。

ジャーの過去の出演作品を見る限り、泣いたり問題児だったり酷い役柄ばかりのように見えるが。

あの日に先生から教わった泣く演技のせいかもしれませんね(笑)。そのお陰で私は指示されて泣ける数少ない子役になれました。最初のドラマでのサラセミア(注:遺伝的欠陥によって生じる、ヘモグロビン異常に基づく溶血性貧血の症状)を患った子の役から、ドラマ『クンデート』での全シーンで泣いて全シーンでわめく狂人の役、さらに『カミンとプーン』での口論とキレることばかりのパッタマー役まで、11歳ぐらいでドラマ出演を辞めるまでに約10本のドラマに出演しましたが、泣く役ばかりでした。なぜかは分かりませんが。というのは、私もたまには幸せな子供を演じたかったんですよ(笑)。

ジャーが女優としてデビューしたドラマ『カミンとプーン』

そんなに素晴らしい業績を残した子役だったのに、真剣に演技の道に進もうと思ったことはなかったのか?

そこまで考えたことがあったかどうかは自信がないんです。ただ感じた限りでは、私はそこそこ楽しくてやっていけているから続けていたという感じだったので。でも11歳の頃、友達がAKB0048というアニメを一緒に見ようと誘ってくれました。元々私は少女アニメを見るのが好きだったんですが、このアニメに出会ったら一層好きになりました。だって様々なことと戦うのに歌を使うアイドル・アニメだったので。それに歌もとても素敵でした。ユーチューブで曲を検索してみるとAKB48というアイドル・グループが実在していました。それからAKB48を追い続けるようになったんです。というのも、たかみなさん(高橋みなみ)とまゆゆ(渡辺麻友)がとても好きになったんです。

それで2人の先輩のようになりたいという私の夢にまでなったんです。当時私は毎日トイレでAKB48の歌を歌って踊っていました。私はアニメとして見ただけ、彼女達をアイドルとして見ただけでこんなに変化のきっかけを与えられたのだから、もし私が彼女達のようになれたら、AKB48が私にきかっけを与えてくれたように多くの人達に変化のきっかけを与えられる人になれたら、とてもいいことです。

BNK48メンバーのオーディション実施の発表を知ってどう感じたか?

あの日私はとても悲しかったんです。というのは、たかみな先輩の卒業コンサートの日だったからです。そしたら突然AKB48の姉妹グループがあと3つできるという発表があって、BNK48もあったんです。ドキドキしてとても嬉しくなりました。でも最初は応募しようとは思っていませんでした。というのは、私はまだ学生で、サムセン・カレッジスクールの中学1年の入試を受験したばかりだったからです。まず学業に専念すべきかどうか。でもこれも私の夢です。それで応募用紙に記入しておいて、動画撮影も済ませておきました。でも実際にクリックして送信する勇気が出ませんでした。ついに応募を決断する最終日になったので、母のもとへ行ってこれはもう一つの夢だから私に応募させてと頼んだんです。本当に夢ならお母さんも応援すると言ってくれました。でもまだ父に言う勇気がありません。というのは父は学業にとてもシリアスだったからです。父は密かに私に医者になって欲しいと思っていました。

一次審査に通過して、母は二次審査に連れて行ってくれましたが、まだ父には言いませんでした。ついに私がBNK48に本当になった合格発表日に、勇気を結集して父に告げたら、本当に口論になりました、予想どおりに(笑)。父が心配したのは、厳しいレッスンを受けなければならない私の健康と、学業に全力で集中できないことでした。そこで母が本当に私の夢であることをもう一度父に話してくれて、最終的に父も同意してくれました。でも相変わらず学業を絶対に疎かにしないように釘を刺されました。私も学業を絶対に疎かにしないと約束しました。そして理数系に進学しようと考えています。父が進学させたがっている医学部に入学するための道を準備しておくためです。

実際にBNK48のメンバーになってから、お父さんの態度は変わったりしたか?

今ではすっかりお気に入りになっています(笑)。友達と会うと「BNK48を知ってる? 娘がグループにいるんだよ」といつも話していますよ。

夢見ていた先輩たちのように本当に「アイドル」になってどう感じているか?

入った当初私はとても恐れていました。全てが良くないのではないかと恐れたんです。思い描いていたようには美しくもゴージャスでもありませんでした。自分の道ではないのではないかと心配しました。初日にドアを開けて入って仲間と会う前に、学業に戻った方がいいんじゃないか、今ならまだ間に合うよとまだ躊躇していたのを覚えています。でもせっかくここまで合格してきたんだし、これこそが自分が本当に好きなことだと自分自身に答えられることだと思ったんです。

実際に入ると、私が歌い、踊り、笑顔を見せ、幸せを授け、ステージに出て私が好きなことを、私がずっとなりたいと思ってきたことを、他の人達に見せることは、私をとても幸せな気持ちにさせるということが分かりました。全ての曲は私が聴くのが好きで、トイレで歌うのが好きで、踊るのが好きだったお気に入りの曲です。でも今では私はステージに立てて、そういうことをできて、他の人達に私達とともに幸せと楽しさを感じてもらえています。さらにファンから頂いたことは、先輩の方々のファンだった身として、全てが思っていたよりとても素敵でした。

ファンのパワーはBNK48の身としてのジャーにとってどれほどの効果があるか?

とても沢山あります。歌やダンスの出来が不十分で挫折したり疲れたりした時に、自分自身にプレッシャーをかけてこんなにできないのなら辞めた方がいいじゃないのかとまで思うことがあります。でもファンが授けてくれるパワーがあって、まだ私を必要としてくれている人がいるということを教えてくれます。それってとてもいいことなんですよ。私の笑顔を見たい、私がステージに出て踊る姿を見たいという手紙を送ってくれる人がいるって。私に頑張り続ける力を与えてくれます。

ファンが自分にとってとても大事だと分かって、ジャー自身は、ファンらに自分を今後も愛して応援し続けてもらうためにどんな努力をしなければならないか?

最初の頃、彼らに私をどうやって好きになってもらえばいいか悩みました。私には仲間が28人いますが、もし私が仲間に負けたり、ファンが仲間より少なかったらどうしようと。それで自分らしくなくなりました。イメージを作り出して、こうしたり、ああしたりと努力して、みんなに私へ振り向かせようとしました。可愛い素振りをして、ぶりっ子をして、最大限に大きく笑顔を作って、最大限に明るく振舞いました。だってみんなに私を好きになって欲しいからです。実際のところそこまで頑張って自分に無理をさせる必要はないということに気付いていませんでした。絶えず笑顔で可愛い人なんていません。みんな各自、興味深い面を持っています。もし全員が可愛くて明るくなければならなかったら、BNK48の魅力はどこにあるんでしょうか。

最終的に私はあまり色々と考えないようにしました。ありのままで楽しむように、ありのままで幸せでいるように努力しています。そして自分自身を良い方向で出せるように努力して、私は本当にこういう人なんだよということを見せるようにしています。先生がいつも言っているんですが、もし人が自分の自分らしさを愛したなら、ひょっとしたらちょっとだけかもしれないけど、でも人は自分をずっと愛してくれる。なぜならもし自分が他人のふりをしたら、長くいるうちに本当の自分が露わになって、人は去ってしまう。今までのように愛してくれなくなって、結局は徐々にいなくなってしまうと。

多くの仲間と競争せざるを得ない環境に自分を放り込まなければならない時、ジャーは仲間と自分をどれぐらい比較するか

最初の頃はありました。例えば初めての握手会で、私は見ようとしたわけじゃないんですよ。でもレーンに人がいなくなると、視線が自動的に他の人のレーンにチラッと行ってしまうんです。そして私のレーンはゲーウさんやオーンさん、パンさんといったことごとく列の長いトップ・メンバーのレーンの近くにあって、なんで私の列はあんなふうに多くの人がいないのかと悲しくなったりしました。どうしたら人に私の列に来てもらえるかと。

でも後になって、あまり色々と考えないように努力しました。次回は他の人と比べるのを止めるだけです。私の列が他の人より長くないといけないとは考えなくてもいいんです。だって見れば見るほど自分を辛くするだけだからです。初回より沢山の人が来てくれるだけで十分だという目標を立てました。2回目の握手会になってとてもホッとしました。成功したと言っていいと思います。だって人がとても増えたんです。

それとVOOVアプリで初めてライブ配信をしなければならなかった時もとてもドキドキしました。BNK48がまだ新しくお披露目された時から私はこれ以上に私にはファンがいていいはずだと思っていました。でも結局考えていたほどには多くいませんでした。だからライブ配信をしなければならない日は自信がありませんでした。見に来る人がいないことを恐れて、話す内容をとても沢山準備しておきました。ライブ開始のボタンを押す1時間前からカメラを設置して待っていました。そしてその日、分かったのは見に来た人は約500人だったことでした。他の人に比べたら多くないかもしれません。でも自分がBNK48じゃなかったら10人も見に来てくれる人がいるかも分からないと考え直してみたら、ほら、見に来てくれた人がこんなにいるんだよと。だからあまり色々と考える必要はないんです。ただ全てにベストを尽くせば十分です。そして常にそう考えるように努力しました。今では見に来る人が約1,000人以上に増えました。

初日から今日まで自分を応援してくれているファンに何か言いたいことはあるか?

私がまだ自分に自信がなかった日からずっと見ていてくれて、声援を送ってくれて、応援してくれてありがとうございます。でもみんなは私は必ずできると、私が光り輝く日が来ると信じてくれました。今日にいたって『プリウ』(スカート、ひらり)のセンターになれて、たとえメインの曲ではないとしても、私はどんどん成長しています。いつもそばにいて信じてくれたことにお礼を言いたいです。私は全てにベストを尽くすことといつも応援してくださるみんなの期待を裏切らないことを約束します。

徐々に増えているファンの数はいつもジャーに何を伝えているか?

私がずっと努力してきたことが徐々に少しずつ結果を出していることを伝えていますね。まるで私が木に水をやって徐々に成長していくかのように。ひょっとしたら他の人のようには成長が早くないかもしれませんが、少なくとも大きくなり始めています。花が付いて、実がなって、日影ができ始めています。そして今後は私の木をもっと成長させたいです。美味しい果実をファンにもたらして、自分の身には幸せと成長を同時にもたらしたいです。

人生を木に例えるなら、ジャーにとって何の木が一番合っているか?

きっとリンゴの木じゃないですかね。リンゴは様々なものの出発点だと思います。理科の科目を学んだ時、アイザック・ニュートンはリンゴの木の下で万有引力を発見したことを知りました。それはニュートンの出発点で、ほかにも様々なことがあります。だから私の出発点にもしたいと思います。

参考までに

  • 控えめで誰とも話したがらない性格のほかに、ジャーは食事をするのが嫌いな子供で、2歳まで母の母乳から離れられず、栄養補助食に頼らざるを得なかった。ついに8歳で大病を患い、それ以降ジャーは食べるのが好きな人に変貌を遂げて今に至る。学校の休み期間だけで体重が5キロも増えたことがあったほどだ。
  • 8-10歳の子供がいたずら好きな年頃の時期、ジャーはメリーゴーランドやブランコ、滑り台、遊具全てで遊ぶのが嫌いな子供だった。それというのも子供の頃のジャーがするのが好きなことは寝ることだけだったからだ。
  • ジャーが出演した作品には、2012年放送のドラマ『クンデート』のティップ役、2014年放送のドラマ『プラーウ』での孤児役、ドラマ『リーラーワディー・プルーン』のヌーリー役、2016年にジャーが(女優として)誕生したドラマ『カミンとプーン』のパッタマー・タンマクン役などがある。